店頭で「こちらはレイヤリングにも」と勧められた二本を、家に帰って手首に重ねる。頭のなかでは、片方の明るい柑橘と、もう片方の温かいウッディが両方立っている。ところが実際に鼻を近づけると、そこにあるのはどちらでもない、少し濁った一つの匂いである。柑橘は消え、ウッディも別のものになっている。足したはずなのに、増えていない。

この失敗はセンスの問題ではなく、鼻の仕組みの問題である。人間の嗅覚は、混ざった匂いを成分に分けて聞くことがきわめて苦手で、その限界は実験で数字として出ている。この記事は「なぜ二本を重ねると二つの香りにならないのか」という一つの問いを、実験室と、香りを重ねる文化が千年続いてきたアラビア半島の暮らしの両方から追う。

3つまでは当てられる、4つ目から匂いは一つになる

1989年、オーストラリアの嗅覚研究者デイヴィッド・レインとG・W・フランシスは、123人の参加者に1種から5種までの匂い物質を混ぜた試料を嗅がせ、何が入っているかを答えさせた。結果は明快だった。単独なら多くの人が言い当てるのに、混合物の成分を全部正しく挙げられた人はほとんどいない。成分が増えるごとに成績は落ち、3つ、よくても4つが上限だった。1999年にレインがアンソニー・ジンクスと行った追試でも、訓練を重ねた参加者ですら上限は動かなかった。

レインは二つの解釈を残している。同時に届く匂いの情報を処理する容量に限りがあるのか、それとも匂いは混ざった時点で元の成分の特徴をほとんど失った新しい匂いに変わるのか。どちらであっても、香水を着る側にとっての結論は同じである。手首の上で二本が混ざったとき、鼻は「AとB」を聞いていない。「Aでも Bでもない C」を聞いている。

白い試香紙が数枚、小さな木の台に立てて並べられ、生成りの紙の上に置かれている
調香師が素材を一枚ずつ別の紙に取るのは、混ぜる前に一つずつ聞くためである。混ざったあとで分けることは、鼻にはできない。

30種を超えると、何を混ぜても同じ匂いになる

上限のさらに先を調べたのが、2012年にイスラエルのワイツマン科学研究所のタリ・ワイス、コビ・スニッツ、ノアム・ソベルらが発表した研究である。彼らは匂いの空間を広く覆うように86種類の分子を選び、それぞれを同じ強さに薄めてから、数を変えて混ぜた。成分が20を超えたあたりから、参加者は別々の混合物を「似ている」と感じ始め、30種以上になると、共通する成分が一つも無い混合物どうしが同じ匂いだと判定された。白色光が全部の波長を含んで白く見えるのと同じ理屈で、彼らはこの匂いを「オルファクトリー・ホワイト」と名づけた。

ここで香水の成分表を思い出したい。市販の香水一本は、天然精油と合成香料をあわせて数十種、凝ったものなら百を超える素材の混合物である。二本を重ねるとは、この成分表を二枚つなぎ合わせることにほかならない。三つや四つの成分でさえ分けて聞けない鼻に、二百の成分を渡している。それが「両方の良さ」として立ち上がらないのは当然で、むしろ何かが立ち上がるほうが不思議なのである。

13〜42030以上言い当てられるここが上限似てくる全部同じ匂い香水一本は、すでにこの帯の右側にいる混ざった匂いの成分数
左が1989年のレインの実験、右が2012年のワイスらの実験。二本を重ねる前から、鼻は限界の外側で働いている。

煙は布に、油は肌に — 湾岸の重ね方

それでも、香りを重ねる習慣が千年以上途切れずに続いてきた土地がある。アラビア半島の湾岸諸国である。ここでの重ね方は、私たちが店頭で教わるものとは順序も場所も違う。まず着替えを終えた衣服を、炭の上でバフール(香木や樹脂を練った香)を焚いた香炉マブハラの煙にくぐらせる。布が煙を吸い込み、乾いた木と樹脂の層になる。次に、アルコールを含まない濃い香油、アターやウードの油を、手首や首筋やひじの内側といった肌の数か所に指で置く。最後に、外へ出る直前に現代のスプレー香水を空気に向けてひと吹きする。

三つの層は、同じ場所で混ざっていない。煙は布に、油は肌に、スプレーは空気にと、それぞれ別の媒体に住み、消えていく速さも違う。スプレーの明るい部分は最初の一時間で主役を務めて退き、油は肌の温度で夕方までゆっくり立ち、布に染みた煙は翌日まで残る。時間のどの断面を切っても、鼻の前にあるのは主に一つの層で、残りは遠くの背景にいる。湾岸の重ね方は、鼻の限界を知っていたかのように、成分を「足す」のではなく「離して置く」ことで成り立っている。

スプレー香油(アター)煙(バフール)空気に。最初の一時間肌に。夕方まで布に。翌日まで出る直前に着替えのあとに着替える前に
層ごとに媒体と時間が違う。同じ手首の上に重ねる私たちの「レイヤリング」とは、構造が別のものである。

湾岸の香油の中心にある素材

うまくいく組み合わせには、共通の素材がある

では、同じ手首に二本を重ねる西洋式のレイヤリングは、すべて無理な試みなのか。そうではない。うまくいく組み合わせを見ていくと、条件が透けて見える。第一に、二本が同じ素材を共有していること。片方の土台にあるバニラやムスクが、もう片方にも入っていれば、成分表をつないでも新しい成分はさほど増えず、鼻が扱う情報は膨らまない。第二に、片方が単一の素材に近い、構成の薄い香りであること。ムスクだけ、白い花だけといった香りを足すのは、調香師が既存の処方に一つアコードを加える作業に近く、鼻の限界の内側で済む。

これを商品の側で解決したのがロンドンのジョー マローンで、同社は自社のコロンを最初から重ねる前提で組み、「Scent Layering」を看板にしている。とりわけグレープフルーツ、ピオニー&ブラッシュ スエード、イングリッシュ オーク&ヘーゼルナッツの三本を「組み合わせ役」と位置づけて、最初の一歩を簡単にしている。組み合わせが成立するように成分表を薄く設計しておく、というのは、鼻の限界に処方の側から歩み寄る方法である。逆に、最も失敗しやすいのは「凝った香水と凝った香水」の組み合わせで、両方が百種近い成分を持ち込めば、行き着く先はワイスらが見つけた白に近づく。

重ねた瞬間、あなたは最後の調香師になっている

レイヤリングという言葉は、香りを「足す」行為のように聞こえる。しかし鼻の仕組みから見れば、それは二つの成分表を一枚に書き直し、新しい一本の香水を即席で作る行為である。調香師が何百回も試作を重ねてやっと一つに聞こえる形に整えたものを、手首の上で二つ混ぜて、それでも良い結果が出るとすれば、それは偶然か、あるいは共通の素材が橋になっているかのどちらかだ。

だから、二本を重ねて「思っていたのと違う」と感じたとき、失敗したのは鼻ではない。あなたはその瞬間、着る人ではなく、その香水の最後の調香師になっていた。そう考えると、次に重ねるときの手つきは変わる。何を足すかではなく、鼻が三つか四つしか聞けないなかで、どの一つを立たせるかを決めることになる。

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