紅茶に浸したマドレーヌをひと口ふくんだ瞬間、忘れていた幼少期の町がまるごと立ち上がってくる。マルセル・プルースト『失われた時を求めて』の、おそらく世界で最も引用される場面である。香水の紹介文が「記憶を呼び覚ます」と書くとき、その背後にはたいていこの菓子がいる。ところが作者の手稿をたどると、あの場面に最初に置かれていたのはマドレーヌではなかった。焼いたパンだったのである。
なぜ書き換えたのか。そして、三度も書き換えながら、何が一度も変わらなかったのか。手稿の変遷を追うと、匂いと記憶について心理学が百年後に測り直すことになる事柄を、作家が先に文章の形で見つけていたことがわかる。
茶碗の中の庭
場面の草稿は 1907 年ごろから書かれている。最初の版で語り手が思い出すのは、蜂蜜を混ぜた焼きパンの味である。1908 年、新聞『フィガロ』のために書き始め、のちに『サント゠ブーヴに反論する』として死後に刊行される文章では、老いた家政婦の差し出した紅茶に焼きパンを浸すと、祖父の家の庭がよみがえる、という形になっていた。次の版で焼きパンはビスコット(薄く切って二度焼きしたパン)に変わり、三度目の版でようやく小さなマドレーヌが現れる。
2015 年、パリの出版社サン゠ペール社がこの三冊の作業ノートを複製版で刊行し、順番は広く知られるようになった。三冊にはそれぞれ「焼きパン」「ビスコット」「小さなマドレーヌ」の呼び名がついている。決定稿を収めた第一篇『スワン家のほうへ』が、グラッセ社から著者の自費で世に出たのは 1913 年 11 月である。
三つの版を並べると、変わったものと変わらなかったものがはっきりする。食べ物は三度変わった。紅茶は一度も変わっていない。初期の草稿でプルーストが第一篇の題として考えていた候補のひとつは「茶碗の中の庭」だった。決定稿で叔母レオニーが差し出すのも、「紅茶か、菩提樹の花の煎じ茶」に浸したマドレーヌである。物語の要は菓子ではなく、湯気の立つ茶碗のほうにあった。
「味」と書いて、匂いを描いた
決定稿を読み直すと、語り手が最初に感じ取るのは「味」だと書かれている。ところが、その味が身体を震わせたあとで、作家がその出来事をどこに帰属させたかを見ると、文章は匂いの側へ寄っていく。
遠い過去から何ひとつ残らなくなったときにも、匂いと味だけはなお長く、魂のように、ほかのすべてが崩れ去った跡で、思い出し、待ち、望みつづける。
— マルセル・プルースト『スワン家のほうへ』(1913)より、筆者訳
口に含んだ菓子の「味」の大半は、実は匂いである。舌が見分けられるのは甘味・塩味・酸味・苦味・うま味といった数種類の基本味で、バターの焦げた香ばしさや菩提樹の花の甘さは、口の奥から鼻へ抜ける空気に乗って嗅覚が受け取っている。これを戻り香(レトロネーザル嗅覚)と呼ぶ。プルーストが「味」と書いた体験の中身は、生理学の言葉に置き直せば、ほとんど嗅覚の出来事だった。
嗅覚の信号は、脳の中で特別な近道を通る。視覚や聴覚の信号は、いったん視床という中継所を経てから大脳皮質へ届く。嗅覚は鼻の奥の嗅上皮から嗅球へ入り、そこから情動を扱う扁桃体や、出来事の記憶にかかわる海馬のまわりの領域へ、中継所を通らずに届く。匂いが理屈より先に感情を動かすように感じられ、名前を思い出す前に情景が立ち上がるのは、この配線の違いと結びつけて説明されてきた。
匂いは幼年期の自分を連れてくる
作家の直感を、心理学は 2000 年代に実験で測り直した。スウェーデンのヨハン・ヴィランデルとマリア・ラーションは 2006 年、93 人の高齢者に手がかりを与えて、思い出せる出来事を語ってもらった。手がかりは三種類で、言葉だけ、写真、そして匂いである。すると、匂いを手がかりにしたときの記憶は、ほかの二つよりはっきり古かった。匂いで呼び出された記憶の多くは十歳より前の幼少期に位置し、言葉や写真で呼び出された記憶は十一歳から二十歳のあいだに山があった。
差は年齢だけではなかった。匂いで呼び出された記憶は「その時に連れ戻された」という感覚が強く、しかも、それまでに思い返した回数が少ない記憶だった。言葉や写真から出てくる思い出は、何度も語り直されて磨かれている。匂いから出てくる思い出は、長いあいだ誰にも触られずに置かれていたものが多い。
匂いの記憶が「正確」なわけではない、という点も測られている。米国の心理学者レイチェル・ハーツらは、同じ出来事を匂い・映像・言葉で思い出させて比べ、匂いで呼び出した記憶は細部の量では差がないのに、感情の強さと「その場にいる感じ」で上回ると報告した。鮮明なのは事実ではなく、感情のほうである。
プルーストの語り手も、これを知っていたかのように書いている。味の正体をつかもうと二口目、三口目と茶を口に運ぶと、「飲み物の効力は減っていく」ように感じられる。最初の一口に宿っていたものは、繰り返せば薄まる。匂いの記憶が古いまま保たれているのは、めったに呼び出されないからであり、呼び出せばそのぶん、ふつうの思い出に近づいていく。
マドレーヌである必要はなかった
ここで手稿に戻ると、三度の書き換えの意味が見えてくる。プルーストが探していたのは「何の味か」ではなく、「不意に、こちらの意志と無関係に、過去がまるごと戻ってくる」という出来事の型だった。彼はこれを無意志的記憶と呼んだ。焼きパンでもビスコットでも、型は成り立つ。ただ、焼きパンは日常的すぎ、ビスコットは味が乏しい。貝の形をした小さな菓子は、叔母の部屋、日曜の朝、教会へ出かける前の時間という一連の情景を、一口で担うことができた。
同じ小説には、もうひとつの匂いの記憶がある。コンブレーの散歩道に咲くサンザシの花である。語り手は白い花の匂いに立ちすくみ、それを言葉にできないまま、何度も嗅ぎ直す。マドレーヌが「戻ってくる過去」の場面なら、サンザシは「言葉にならない現在」の場面で、作家は嗅覚の二つの顔を、菓子と花に分けて書いた。プルーストが少年時代の休暇を過ごした町イリエは、1971 年、生誕百年を機に小説の地名を足してイリエ゠コンブレーと改名している。

菓子が変わっても紅茶が残ったのは、偶然ではない。湯気は匂いを運ぶ乗り物である。乾いたパンや菓子だけでは、香りは鼻に届きにくい。熱い液体に浸して口に含むことで、香りの分子は一度に立ち上がり、口の奥から鼻へ抜ける。作家が最後まで手放さなかったのは、記憶を呼び出す装置としての、温かい茶碗だった。
香水の世界では、この場面から「プルースト効果」という呼び名が生まれた。けれど手稿が教えるのは、効果を起こすのが特定の香りではない、ということである。長いあいだ嗅いでおらず、名前も与えていない匂いが、温度と偶然を得たときにだけ、それは起きる。次に「記憶を呼び覚ます香り」という言葉に出会ったら、瓶の中身よりも、自分がまだ嗅ぎ直していない匂いのほうを思い出してみるといい。あなたのマドレーヌは、たぶんマドレーヌではない。
この記事で触れた香料
- 香料リンデンブロッサムシナノキ科の落葉高木(Tilia europaea / T. cordata)の花から得られるフローラル香料。ヨーロッパ全域の並木道で初夏に芳香を放つ菩提樹の花。花から溶剤抽出でアブソリュートを得るほか、水蒸気蒸留やCO2抽出も行われる。主要成分ファルネソールを豊富に含み、ナルコティックな温かみにハニー・ビーズワックスのような甘さ、シトラス・グリーンのフレッシュさが絶妙に共存する。明るいフローラルからウッディなベースまで幅広いノートを橋渡しするブリッジ素材として調香師に評価が高い。天然アブソリュートの品質は産地と収穫時期により大きく異なり、最高品質品はフランス・プロヴァンス産。

- 香料ホーソンブロッサム(サンザシの花)バラ科サンザシ属の白い花。5月のイギリス田園の香りとして文学に頻出する。天然アブソリュートはアーモンド様のフローラルとわずかに腐敗感のあるインドール様ニュアンスを持ち、扱いが難しい。調香ではフェニルエチルアルコールやシス-3-ヘキセノールなどでみずみずしさを作る。香水ではグリーンフローラル、カントリーサイド、ヴィンテージフレグランスのミドルに使われる。天然物は希少で高価、合成再現が実務では主流である。

- 香料ブラックティー発酵させた紅茶葉の香りを描くノート。渋みのあるタンニン感、ドライフルーツのような甘い深み、かすかなスモーキーさが折り重なる。香水ではアコードとして表現され、ベルガモットと合わせればアールグレイ調に、スパイスと合わせればチャイ調にと、上品で落ち着いた世界観を作る。

