香料店の棚に、同じ名前の小瓶が三本並んでいることがある。ベチバー・ハイチ、ベチバー・ジャワ、ベチバー・ブルボン。ワインの棚でブルゴーニュとボルドーが分けられているのと同じ顔で、産地の名が香りの違いを説明している。実際に嗅ぎ比べれば違いは明らかで、ハイチ産は乾いてグレープフルーツの皮のような苦みがあり、ジャワ産は焚き火の跡のように煙たく、ブルボン産は丸くて甘い。ここまでは、多くの入門書が書いていることだ。

ところが1998年、植物学者のロバート・アダムスとマーク・ダフォーンが世界各地から121株のベチバーを集めてDNAを調べたところ、その86%が遺伝的にまったく同じ一つのクローンだった。ハイチの畑も、ジャワの斜面も、太平洋の島も、ほとんどが同じ株の分身である。彼らはこのクローンを、最初に採集した米国ルイジアナ州の集落の名から「サンシャイン」と呼んだ。遺伝子が同じなら、三本の小瓶の違いはどこから来たのか。この記事はその一つの問いを追う。

種を作らない草が、株分けだけで世界に広がった

ベチバー(Chrysopogon zizanioides)はインド原産のイネ科の多年草で、ヒンディー語では「クス」と呼ばれる。北インドのウッタル・プラデーシュやラージャスターンの河原には今も野生の株があり、こちらは花を咲かせて種を実らせる。カンナウジの職人はこの野生の根を銅の釜(デグ)で炊き、緑色に染まった精油を「ルー・クス」と呼んで、ほとんど国内で使い切ってしまう。緑色は根の色ではなく、銅の釜が油に溶け出した色である。

一方、世界の香料産業が使うベチバーは南インド系の栽培型で、こちらは実をつけない。増やす方法は株分けしかなく、植民地時代の農園主たちは根を掘り上げて割り、船に積んで次の島へ運んだ。種で増えれば世代ごとに遺伝子が混ざるが、株分けでは混ざらない。だから何世紀か前にインドを出た一株が、20世紀の終わりに121株のうち100株あまりとして見つかった。産地の名は、この同じ株が降り立った港の名にすぎない。

同じ一株ハイチジャワブルボンクローン「サンシャイン」天日で干し、長く炊く高い圧力で炊く島の気候、小さな釜乾いた苦み焦げた煙丸い甘さ
左の一株は同じ。右の三つの香りを分けているのは、線の上に書いた条件、つまり土地の気候と蒸留所の炊き方である。

レ・カイの釜は一昼夜火を止めない

ハイチ南部の港町レ・カイは、いま世界のベチバー取引の中心である。ジボダンの説明では世界供給の半分以上がハイチ産で、年間の生産量は70トン前後とされる。産業が始まったのは1940年代のことで、農園主で政治家でもあったルイ・デジョワが商業栽培と蒸留を立ち上げ、農学者ピエール・レジェが規模を広げた。デジョワはのちに独裁者フランソワ・デュヴァリエによって国外へ追われ、デュヴァリエ父子の時代には輸出が国家の独占となって産業は停滞する。1986年に政権が倒れて民間が戻り、現在の姿になった。産地の名には、植物の履歴と同じだけ人の履歴が詰まっている。

香りを決める工程は畑の外にある。根は植えてから1年から1年半で掘り上げ、洗って天日に干す。乾いた根100〜150kgを蒸留して、精油はようやく1kg前後になる。ハイチの蒸留所の多くは低い圧力で長く炊き、輸入業者の説明では18時間から24時間、つまり一昼夜火を止めない。ゆっくり運ばれた重い分子がクシモールやベチボンといった主成分に厚みを与え、ヌートカトンというグレープフルーツと同じ分子が乾いた苦みをのせる。ハイチ産が「基準のグレード」と呼ばれるのは、この長い火の使い方の結果である。

掘り上げて洗ったベチバーの根が、乾いた地面に広げた粗い麻布の上で天日に干されている
香りの半分は畑を出てから決まる。干し方と、そのあと何時間火にかけるかが、同じ根を別の香りにする。

ジャワの煙は欠点だったのか、個性だったのか

インドネシア・西ジャワのガルットは火山の斜面にあり、ここで採れるベチバーは三大産地のなかで最も煙たく、土の匂いが濃い。理由は土だけではない。ジャワの蒸留所は伝統的に高い圧力で根を炊いてきた。高圧では短時間で多くの油が取れるが、根の一部が焦げたような成分が油に入り、焚き火の跡を思わせる煙たさが残る。ヨーロッパの香料商は長くこれを「焦げ臭」と呼び、精製して使うか、ハイチ産の下位互換として扱ってきた。

ところが近年、この煙たさを「ジャワ」の名とともに前面に出す香水も現れた。低圧で長く炊いた柔らかいスモークを売る生産者も現れ、同じジャワ産でも蒸留所ごとに別の顔を持つようになっている。ここに、産地の名が抱えている矛盾がある。「ジャワ産の香り」と呼ばれてきたものの正体は、ジャワの土ではなく、ジャワの釜の圧力だった。釜を変えれば、ジャワの根からハイチに近い油が取れる。

年45トンから数十キロへ — ブルボンが消えた理由

インド洋のレユニオン島は、フランス王家の名をとって「ブルボン島」と呼ばれた時代がある。ベチバーは1800年前後に持ち込まれ、1900年頃から香料用の栽培が始まった。1920年代から1970年代まで島はハイチに次ぐ世界第2位の輸出地で、1970年代には年に45トンを出していた。丸く甘く、キャラメルや甘草を思わせるこの油は「最も複雑なグレード」と評価され、今も香水の説明文に「ブルボンベチバー」の名が出るのはこの時代の記憶である。

その生産は、いまでは年に数十キロしかない。2005年の輸出はわずか45kgと記録されている。減った理由は香りの質ではなかった。フランス本土並みになった人件費、若い働き手の不足、干ばつによる収量の低下。同じ株が同じ島で育っているのに、掘って干して炊く人がいなくなった。いま「ブルボンベチバー」として売られている油の多くは、この島の記憶を借りた名前だけのものか、ごく少量を扱う工房のものである。産地の香りは、土地が残っても人が去れば消える。

年間の精油生産量ハイチ(現在)レユニオン(1970年代)レユニオン(現在)約70トン45トン数十キロ(棒の幅にならない)
同じ株、同じ島。1970年代から現在までの間に変わったのは植物ではなく、掘って炊く人の数だった。

ラベルの地名は、土の名ではなく釜の名である

ワインでは、同じ品種でも土地が味を変えることを「テロワール」と呼ぶ。ベチバーの産地表示も同じ言葉で説明されがちだが、この草の場合、その言葉は半分しか正しくない。遺伝子は同じで、気候と土壌の違いは確かにあるが、香りの印象を最も大きく動かしているのは、根を掘ってからの工程、干し方と釜の圧力と炊く時間である。ハイチのある蒸留所とジャワのある蒸留所を入れ替えれば、産地の名と香りの対応はかなりの部分で崩れる。

だから、棚の三本を嗅ぎ比べるときに鼻が受け取っているのは、根の違いではない。デジョワが1940年代に据えた釜の習慣、ガルットの高圧の蒸気、レユニオンで火を止めた人たちの不在。「ハイチ」「ジャワ」「ブルボン」という地名は、その土地で誰がどう火を使ったかの略称である。同じ一株から出た三つの香りは、植物の多様性の証ではなく、人の手の多様性の証だった。

この記事で触れた香料

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